【フィンランド発】3Dゲームを活用した、ADHDの認知行動特性の評価【締切を守れない・約束を忘れる】

【フィンランド発】3Dゲームを活用した、ADHDの認知行動特性の評価【締切を守れない・約束を忘れる】 - Neuro Tokyo

ADHD(注意欠如・多動症)は子どもに多い発達障害として広く知られていますが、その影響は成人期まで持続することも少なくありません。成人のADHDでは「締切を守れない」「約束を忘れる」「予定を立てたのに実行できない」など、日常生活に大きな支障をきたす症状が報告されています。こうした困難の背景には、実行機能(executive functions)や予期記憶(prospective memory)といった認知能力の障害が関係していると考えられています。

しかしながら、これまでの研究では実験室内での人工的な課題に基づいた評価が主であり、現実の生活場面に即した自然な評価手法は限られていました。そこで2023年、フィンランドを中心とする欧州の研究者たちは、仮想環境で日常的なタスクを行わせる3Dゲーム形式の評価ツール「EPELI(Executive Performance in Everyday Living)」を用いて、成人ADHDの認知行動特性を評価する革新的な試みを行いました。本記事では、この研究の詳細とその意義、今後の応用可能性について詳しく解説します。

目次

EPELIは、もともと子どもの実行機能を評価する目的で開発されたバーチャルリアリティ(VR)ツールでしたが、今回の研究では成人向けにWebブラウザ上で実施可能な形に改良されました。参加者は、仮想のアパートの中で「食器を洗う」「カレンダーに記入する」「洗濯機を回す」などの生活タスクを遂行するよう求められます。これらのタスクは、事前に音声指示で伝えられ、ゲームプレイ中に想起して適切なタイミングで実行する必要があります。

ここで評価されるのは単なる記憶力ではなく、「いつ・どこで・どのように」タスクを実行するかという予期記憶と計画的行動の能力です。これは、従来の紙筆テストやコンピュータベースの注意課題とは一線を画し、より現実に即した評価が可能である点が注目されています。

この研究では、ADHDの診断を受けた成人112名と、神経発達に問題のない対照群255名が参加しました。全体の平均年齢は31歳、参加者の7割以上が女性という構成です。被験者はEPELIを用いた評価タスクをWeb上で実施し、以下のような複数の観点から分析が行われました。

  • 遂行された予定タスク数:何件の生活タスクを時間通りに達成できたか
  • 余計な操作の数:本来のタスクとは無関係な行動(例:何度も同じドアを開け閉めする)
  • 戦略的行動の有無:ToDoリストを参照する頻度、特定の順序で行動するなどの戦略使用
  • Conners’ CPTなどの標準的注意検査との比較
  • 5日間のエラーダイアリー:現実の生活での物忘れや遅刻の記録

実行課題の成績とエラー傾向

ADHD群は、予定されたタスクの達成率が低く、さらに「本来のタスクに無関係な操作」の回数が顕著に多い傾向を示しました。これらの結果は、衝動性や注意の持続困難といったADHDの中核症状を如実に反映していると考えられます。特に注目すべきは、こうした行動が従来のCPT(注意持続課題)以上に明確に現れた点です。

性別による成績差

さらに、男性ADHDの被験者は、女性ADHDに比べてタスク達成率が低く、エラー数も多いという結果が出ました。これは、性別によってADHDの認知行動的特性が異なる可能性を示唆するものであり、性別を考慮した支援設計の必要性を浮き彫りにしています。

戦略使用が成績を左右

EPELIでは、チェックリストを確認する、目標を意識して行動するなどの戦略的行動の使用がタスク達成率と強く相関していました。ADHD群では戦略使用頻度が低く、それが成績の低下につながっていたと考えられます。これは、戦略的スキルを訓練することがADHD支援に有効であるという実践的示唆を与えます。

自宅での客観的認知評価

EPELIはWebブラウザ上で実施可能であり、医療機関に通わずとも自宅で客観的な認知評価ができる点が最大の利点です。これにより、遠隔診断や経過観察のツールとしての利用が期待されます。

ADHDにおける衝動性・予期記憶の定量化

従来のテストでは測定が難しかった「予期記憶」や「衝動的行動」が、ゲーム形式の評価によって行動指標として可視化された点も革新的です。これにより、抽象的だったADHDの困難をより具体的に把握しやすくなりました。

支援ツールとしての展望

将来的には、EPELIを応用した記憶支援アプリや、実行機能を鍛えるトレーニングツールとしての展開も考えられます。例えば、「リマインダー機能+達成フィードバック付きToDoリスト」など、ゲーム的要素を加えることでADHD当事者のモチベーションを高める支援が可能です。

  1. 介入研究の必要性:EPELIを使った記憶トレーニング介入が実際に成績や生活の質に影響するか検証する必要があります。
  2. 性差メカニズムの解明:男性ADHDの成績が低かった背景に、神経生理学的な差があるのか、さらなる研究が求められます。
  3. 発達段階ごとの比較:子ども・青年・高齢者など、ライフステージごとの予期記憶の違いをEPELIで可視化できれば、発達研究への貢献も大きくなります。
  4. 他の神経発達障害への応用:ASD(自閉スペクトラム症)やLD(学習障害)など他の発達障害群への評価にもEPELIが適用可能かが今後の焦点です。

EPELIを活用した本研究は、ADHDの核心的困難である「予期記憶の障害」や「目標志向行動の欠如」を現実に近い仮想環境で定量化可能にした点で画期的です。特に、性別や戦略使用の差異に着目した点は、これまでのADHD研究には少なかった視点であり、今後の個別化支援の基盤となる知見を提供します。

ADHDのある人々にとって、「覚えていたのにできなかった」「やるつもりだったのに忘れてしまった」といった日常の困難は、他人からは理解されにくく、自己評価や自尊心の低下にもつながりがちです。こうした見えにくい障害を「見える化」し、適切な支援に結びつけるEPELIのようなツールは、これからのADHD支援において大きな力となるでしょう。

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