【なぜ運動がADHDの脳に効くのか?】ADHDの衝動的行動を抑える運動

【なぜ運動がADHDの脳に効くのか?】ADHDの衝動的行動を抑える運動 - Neuro Tokyo

ADHD(注意欠如・多動症)は、子どもだけの問題ではありません。大人になってもその症状は持続し、生活のさまざまな場面で支障をきたします。たとえば、「発言の順番を守れない」「先の見通しが立たないまま行動してしまう」「重要な書類をなくす」など、ADHD特有の実行機能の弱さは、仕事や人間関係、家庭生活にも大きな影響を及ぼします。

このような困難の背景には、”抑制制御(inhibitory control)”の障害があります。これは「不要な反応を止める力」、つまり「やらないように我慢する能力」です。この抑制制御の低下が、衝動性や注意散漫、落ち着きのなさといった症状に深く関わっていることが知られています。

従来、こうした症状への対応は主に薬物療法(メチルフェニデートなど)に頼る傾向がありました。しかし近年、「運動」という身近で副作用の少ないアプローチに注目が集まっています。特に2025年に発表された系統的レビュー論文『Physical activity has a beneficial effect on inhibitory control in adults with ADHD』(Journal of Global Health誌)は、成人ADHDに対して運動が抑制制御を改善する効果を持つことを明確に示し、注目を浴びました。

本記事では、この研究の要点をわかりやすく解説し、さらに運動がなぜADHDに効くのか、どのような運動が効果的なのか、実生活にどう活かせるのかについて、科学的な視点と日常的な応用の両面から詳しくご紹介します。

目次

私たちは日常の中で、「今それをやるべきではない」と判断し、行動を止めることがよくあります。たとえば、上司に対して言いたいことを我慢する、スマホの通知を無視して仕事に集中する、スーパーで見たお菓子を買わないで我慢する──これらすべては「抑制制御」の働きです。

ADHDのある人では、この抑制制御のメカニズムがうまく機能せず、目の前の刺激にすぐに反応してしまったり、不要な行動を抑えられなかったりします。そのため、「思ったことをすぐ口に出してしまう」「やるべきことに集中できず、気が散ってしまう」といった問題が起こります。

抑制制御の障害は、単に「注意がそれる」ことだけではなく、社会的スキルの習得や対人関係の維持、自己管理力の育成にも深く関わっており、成人ADHDにおける根本的な課題のひとつとされています。

2025年にJournal of Global Health誌に掲載されたこの系統的レビューでは、成人ADHDを対象とした8つの研究(計14のデータセット、計373名)を分析しました。分析の基準には、研究の質やバイアスの有無を評価するCochraneガイドラインが採用され、信頼性の高いエビデンスが得られました。

運動の種類は幅広く、ピラティス、太極拳、サイクリング、ヨガ、全身振動トレーニングなどが含まれていました。また、運動介入の形態も、単回の「急性運動」と、数週間から数ヶ月にわたって繰り返される「慢性運動」に分けて評価されました。

その結果、どちらの運動形態でも、対照群と比べてADHD当事者の抑制制御が有意に改善されることが示されました。特に慢性運動ではその効果が顕著であり、単なる一時的な改善ではなく、継続的な認知機能向上が見込める可能性が高いことが示唆されました。

急性運動(1回きりの運動)

  • 標準化平均差(SMD):–0.65(中程度の効果)
  • 例:30分間のサイクリング、軽いジョギング、ダンスなど
  • 即効性があり、タスク直後の集中力や判断力が向上

慢性運動(継続的な運動)

  • 標準化平均差(SMD):–1.77(非常に大きな効果)
  • 例:週3回のピラティスや太極拳、定期的なフィットネスプログラムなど
  • 長期的に抑制制御だけでなく、注意力、作業記憶、情緒の安定にも好影響

このように、「運動=体力づくり」というだけでなく、「運動=脳のトレーニング」として機能することが明らかになってきています。

運動がADHDの抑制制御を改善する理由として、以下のような脳科学的メカニズムが考えられています:

1. ドーパミン・ノルアドレナリンの分泌促進

ADHDでは、脳内のドーパミン(やる気・報酬に関わる)やノルアドレナリン(覚醒・集中に関わる)の量が少ないとされます。運動をするとこれらの神経伝達物質の分泌が一時的に高まり、前頭前野(意思決定や衝動のコントロールを担う領域)の活動が活性化します。

2. BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加

BDNFは神経細胞の成長やシナプス形成を促す物質で、学習や記憶、抑制制御などに関わります。運動によりこのBDNFが増加し、脳の可塑性(柔軟な変化)が高まります。

3. 脳ネットワークの再構築

特に注目されているのが、前頭前野と小脳のネットワーク再構築です。運動によりこれらの領域の連携が強化され、情報処理の効率が向上すると考えられています。

これらの要因が複合的に働くことで、「衝動を抑える」「先を考えて行動する」力が少しずつ高まっていくと推定されます。

研究によれば、必ずしも激しい運動である必要はありません。むしろ、継続しやすく、無理のない運動の方が効果的であることが示唆されています。

運動の種類効果の大きさ特徴
ピラティス非常に大きい(SMD–2.22)姿勢制御と深部筋の刺激、ゆったりした呼吸で脳にも良い
太極拳非常に大きい(SMD–2.20)ゆっくりとした全身運動、集中力が鍛えられる
サイクリング中程度(SMD–0.67)有酸素運動による神経伝達物質の増加が見込まれる
全身振動トレーニング中程度(SMD–0.67)短時間でも脳への刺激効果がある
ヨガ効果なし(SMD=0.01)運動負荷が少なすぎる可能性がある

自分に合った運動を週に2~3回、1回30~45分程度継続するだけでも、脳への良い刺激となり、抑制制御の改善につながる可能性があります。

  • 「ながら運動」から始める:テレビを見ながらストレッチ、通勤を一駅歩くなど、日常の中に取り入れやすい工夫を。
  • 運動を「予定に組み込む」:手帳やスマホで運動予定を管理し、リマインダー機能で継続を支援。
  • モチベーション維持には“見える化”が有効:運動記録アプリやウェアラブルデバイスを活用し、達成感を得る工夫を。
  • 仲間と一緒に行う:一人では続かない人も、友人や家族と一緒なら楽しく継続できます。
  • どの年齢層にも有効なのか?:中高年や高齢者のADHD傾向にも運動は有効か、今後の研究が期待されます。
  • 薬との併用効果は?:薬物治療と運動介入の相乗効果についての研究が求められます。
  • デジタルとの融合:ゲーム感覚で行える運動トレーニングやVRとの連携など、楽しさを加えた継続モデルの開発にも注目です。

ADHDにおける抑制制御の弱さは、単なる「性格」や「努力不足」ではなく、脳の働きによるものです。そのため、根本的な改善には、脳の機能に働きかける方法が求められます。

今回紹介した研究が示すように、運動はそのための有望な手段です。しかも特別な機材も医師の処方も必要なく、誰もがすぐに取り入れられる生活習慣です。

「体を動かすこと」が、「気持ちを整え」「判断力を高め」「行動をコントロールする力」へとつながっていく──。そんな運動の力を、もっとADHD支援の現場で活かしていくべき時が来ています。

  • Wang H, Li L, Shi J, Chen Y, et al. Physical activity has a beneficial effect on inhibitory control in adults with ADHD: a systematic review and meta-analysis. Journal of Global Health. 2025. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40084538/)
  • Rimer J, Dwan K, Lawlor DA, et al. Exercise for depression. Cochrane Database Syst Rev. 2012.
  • Pontifex MB, Saliba BJ, Raine LB, et al. Exercise improves behavioral, neurocognitive, and scholastic performance in children with ADHD. J Pediatr. 2013.
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