【犬にもADHDがある?】ヘルシンキ大学が1万1000頭の犬を大規模調査:犬のADHD特性を研究

【犬にもADHDがある?】ヘルシンキ大学が1万1000頭の犬を大規模調査:犬のADHD特性を研究 - Neuro Tokyo

「うちの犬、落ち着きがなくて何度言っても言うことを聞かない……」「すぐに気が逸れて、他の犬や物音に過剰に反応してしまう」

こうした悩みを抱える飼い主は少なくありません。しかし、その犬の“性格”だと思っていた特徴が、実は人間のADHD(注意欠如・多動症)と共通するものだとしたらどうでしょうか?

近年、動物行動学と神経科学の分野で、犬の「多動性」「衝動性」「注意欠如」など、人間のADHD的特性に類似した行動傾向が科学的に研究されるようになっています。特に2021年にフィンランドで行われた大規模調査では、家庭犬におけるADHD様行動と遺伝的・環境的要因の関連が明らかにされ、大きな注目を集めました。

本記事では、この研究の概要と結果を紹介しながら、犬のADHD的特性がどのように理解されているのか、また人間の発達障害研究への示唆についても解説します。

目次

この研究は、フィンランドのヘルシンキ大学の研究チームにより実施され、合計11,000頭以上の家庭犬の行動データを収集・解析したものです。

飼い主に対してオンライン質問紙を用いて、犬の「活動性・衝動性」「注意力」などを評価。人間のADHD評価尺度と対応する質問項目を用いることで、比較可能なデータ構造を持たせました。

主な測定指標

  • Hyperactivity/Impulsivity(多動・衝動性):落ち着きのなさ、すぐに興奮、命令に対する抑制の弱さなど
  • Inattention(注意欠如):刺激への過敏反応、集中の困難、命令を無視する傾向など

その結果、犬にも個体差としてこれらの行動特性が存在し、一定数は人間のADHDと行動パターンが類似していることが判明しました。

この調査では、以下のような要因がADHD様行動に関連すると報告されています:

1. 犬種による違い(遺伝的要因)

ボーダーコリー、ジャーマンシェパード、ラブラドールなど、特定の犬種では多動・衝動傾向が顕著でした。一方、シーズーやブルドッグなどでは注意欠如傾向が比較的低めでした。

→ 遺伝的な素因が、ADHD様行動の個体差に影響を与えている可能性が高いとされています。

2. 年齢

若い犬(特に1〜3歳)は、多動性・衝動性が高く、高齢になるにつれて安定してくる傾向がありました。

→ 発達的な経過が人間と同様に存在することを示唆。

3. 性別

オスの犬では、メスよりも衝動性や多動性が高い傾向が見られました。これは人間のADHDでもよく知られる性差と一致しています。

4. 環境要因

長時間の単独飼育や刺激の少ない生活環境では、問題行動が増加する傾向が確認されました。

→ 生活環境の質や刺激量が、行動調整能力に影響している可能性があります。

研究者たちは、この犬のADHD様行動と人間のADHDとの間に、いくつかの共通点を見出しています:

特性犬と人間の共通点
多動性じっとしていられない、衝動的に行動する
衝動性命令無視、突然の行動、過剰な反応
注意欠如一つの刺激に集中できず、注意がそれやすい

ただし、ADHDは神経発達症のひとつであり、人間においては学習や社会性など広範な機能に影響を及ぼします。一方、犬の場合は「行動」そのものに注目することが多く、その背景の脳機能や神経生理学的要因については、まだ研究が進んでいる段階です。

近年は、犬の脳波(睡眠EEG)や神経伝達物質(ドーパミン・セロトニンなど)の測定を通じて、ADHD様行動との関連が調べられています。

  • 睡眠パターンの異常:高いADHDスコアを持つ犬は、浅い睡眠・起きやすさが見られる傾向があり、人間のADHDでも見られる現象と一致。
  • ドーパミン・セロトニンの異常:多動性や衝動性が高い犬では、これらの神経伝達物質が低下しているケースがあると報告されています。

これにより、犬の行動的特性もまた、脳の機能に根ざした生物学的現象である可能性が高まっています。

現時点で「犬のADHDを診断する」という確立した手法は存在しませんが、行動傾向に応じたトレーニングや環境調整が有効であるとされています。

実践的な対応策

  • 十分な運動時間の確保:運動不足は多動・衝動性を悪化させる
  • 刺激ある環境の提供:知育玩具や訓練課題などで適切な刺激を与える
  • 一貫したルールと指示:曖昧な命令は混乱を生みやすいため、明確な指示を徹底
  • 行動強化トレーニング:ポジティブリインフォースメントによる一貫した学習支援

犬は人間と長く生活を共にしてきた動物であり、社会的認知や情動反応においても高い能力を持ちます。このため、犬を対象とした行動研究は、人間の神経発達症の理解にとっても大きなヒントを与えてくれます。

今後は、犬と人間の行動神経科学を統合することで、より実践的で自然な環境に基づいたADHD理解と支援モデルが構築されていくかもしれません。

  • Salonen M, Sulkama S, Mikkola S, et al. Canine hyperactivity, impulsivity, and inattention share similar demographic and environmental risk factors as human ADHD. Transl Psychiatry. 2021. (https://www.nature.com/articles/s41398-021-01626-x)
  • Pongrácz P, et al. Dogs’ behavior and neurophysiology: emerging insights. Neurosci Biobehav Rev. 2023.
  • Kiss O, Miklósi Á. Dog behavior as a model for studying neurodevelopmental disorders. Front Psychol. 2022.
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