【ADHDと睡眠】最新研究が解明するADHDと睡眠の脳メカニズム

【ADHDと睡眠】最新研究が解明するADHDと睡眠の脳メカニズム - Neuro Tokyo
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注意欠如・多動症(ADHD)と睡眠障害の関係は、行動観察やアンケート調査だけでなく、神経科学的・生理学的アプローチでも明らかになりつつあります。これまで、ADHDの診断や治療は主に行動面に焦点を当ててきましたが、近年の研究では、脳の構造的変化、遺伝的要因、概日リズム(サーカディアンリズム)との関連といった神経生物学的観点からの理解が進んでいます。本記事では、最新の科学的知見に基づき、ADHDと睡眠の関係を神経学的・生理学的に掘り下げていきます。

MRI(磁気共鳴画像法)などの脳画像研究によって、ADHDの人々において前頭前野、視床、扁桃体などの灰白質(情報処理に重要な脳の組織)の体積減少や発達の遅れが報告されています。これらの領域は、注意の制御、感情の調整、睡眠・覚醒のリズムに深く関与しています。

同様に、睡眠障害を抱える人々においても、これらの脳部位に構造的異常が認められることがあり、両者が神経学的な共通基盤を持つ可能性が示唆されています。たとえば、前頭前野の未成熟は、夜間の過剰な覚醒状態(hyperarousal)を引き起こし、入眠困難に繋がることがあります。また、扁桃体の過活動は情緒の不安定さと関連し、不安や興奮によって睡眠が妨げられる原因となります。

このように、ADHDと睡眠障害は、脳の共通領域に起因する機能的な障害であり、併存するのは偶然ではなく、神経的基盤に根ざした関係である可能性が高いとされています(Gruber et al., 2012)。

概日リズム(circadian rhythm)とは、体内時計によって調整される24時間周期の生理的リズムのことを指します。睡眠・覚醒のタイミング、体温の変化、ホルモンの分泌などがこのリズムに支配されています。ADHDの人々は、概日リズムが遅れがちな”夜型(evening chronotype)”である傾向があり、夜遅くまで活動的で、朝に起きるのが苦手という特徴がみられます。

このリズムの乱れは、メラトニンという睡眠ホルモンの分泌タイミングと密接に関係しています。通常、メラトニンは夜間に増加し、眠気を誘導しますが、ADHDの人々ではこの分泌のピークが遅れることが報告されています。これが「睡眠相後退症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome: DSPS)」と呼ばれる状態で、睡眠と覚醒の時間が社会的時間とずれてしまう障害です。

さらに、クロノタイプ(個人の生得的な朝型・夜型の傾向)は、PER(Period)遺伝子やCLOCK遺伝子といった概日リズムを制御する遺伝子と関係しており、ADHDとの遺伝的な重なりがあることが示唆されています(ScienceNet, 2020)。つまり、ADHDと夜型傾向の睡眠パターンは、共通する遺伝的基盤を持っている可能性があるのです。

ADHDと睡眠の関連をより客観的に評価するために、ポリソムノグラフィー(Polysomnography: PSG)やアクチグラフィー(Actigraphy)といった生理学的測定が活用されています。

**ポリソムノグラフィー(PSG)**は、睡眠中の脳波(EEG)、眼球運動、筋電図、心拍、呼吸などを同時に記録し、睡眠の質と構造を詳細に分析する手法です。研究では、ADHD群で以下のような傾向が報告されています:

  • 睡眠潜時(寝つくまでの時間)の延長
  • 睡眠効率(実際に眠っていた時間の割合)の低下
  • レム睡眠(夢を見ることが多い睡眠段階)の断片化

アクチグラフィーは、腕時計型のセンサーで身体の動きを継続的に測定し、睡眠と覚醒のサイクルを推定する方法です。Cremone-Cairaらの研究(2017)では、ADHDの子どもたちは健常児に比べ、入眠時間が遅く、夜間覚醒が多いことが確認されました。

これらのデータは、主観的な報告だけでは捉えきれない「睡眠の質」の違いを明確にし、ADHD診断時の補助的な評価ツールとしても注目されています。

近年の研究では、睡眠時間を意図的に操作することで、ADHDの行動や認知機能にどのような影響が出るかを検証する実験が行われています。たとえば、Gruberらの研究では、ADHD児の睡眠時間を1時間延ばすことで、翌日の注意課題や情緒制御スコアが有意に改善したことが報告されています。

逆に、睡眠を制限(例:通常より2時間短く)した場合には、行動上の多動性や衝動性が顕著に悪化し、記憶課題の遂行能力も低下する傾向が見られました。このことから、ADHDの症状は脳の構造的な特性に加え、睡眠の質と量にも大きく左右されることが示されています。

こうした研究は、ADHD支援において睡眠管理を単なる生活習慣の一部としてではなく、治療戦略の中核として位置付けるべきであることを示唆しています。

ADHDの治療薬として広く用いられているメチルフェニデート(商品名:コンサータ、リタリンなど)やアトモキセチン(ストラテラ)は、脳内のドーパミンとノルアドレナリンの濃度を調整し、注意力や衝動性の改善に効果があります。

しかし、これらの薬剤は中枢神経刺激作用を持つため、特に夕方以降に服用した場合、入眠困難や睡眠の断片化を引き起こすことがあります。そのため、薬剤の種類や投与タイミングの調整が重要であり、臨床現場では個々の睡眠プロファイルに応じた個別対応が求められます。

一方で、非薬物的な介入方法として注目されているのが、CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)メラトニン補充療法です。CBT-Iでは、不眠の原因となる考え方や行動パターンを認知的・行動的に修正するアプローチが用いられ、薬剤に依存しない方法として推奨されています。メラトニンは内因性ホルモンであり、適切なタイミングでの補充により、概日リズムの調整や入眠促進が期待できます。

ADHDと睡眠障害の関係は、単なる併存ではなく、神経学的・遺伝的・生理学的に密接なつながりを持つことが明らかになりつつあります。脳の構造的共通性、概日リズムの遺伝的背景、睡眠介入が認知機能に与える影響など、複数の科学的証拠がその複雑な相互作用を裏付けています。

これからのADHD支援は、薬物治療や行動療法だけでなく、睡眠の質とタイミングを視野に入れた包括的アプローチが必要です。

Gruber, R., Sadeh, A., & Raviv, A. (2012). Instability of sleep patterns in children with ADHD. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 43(4), 551–557.

Cremone-Caira, A., et al. (2017). Altered sleep and neurobehavioral functioning in children with ADHD. Developmental Neuropsychology, 42(7–8), 429–443.

ScienceNet (2020). Chronotype genetics and ADHD: Overlapping pathways.

Becker, S. P., et al. (2018). Predicting academic functioning and grade retention with ADHD symptoms and sleep problems. Journal of Clinical Child & Adolescent Psychology, 47(5), 686–700.

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