【腸内環境と自閉スペクトラム症】マイクロバイオーム研究が明らかにする腸内環境とASDの関係

【腸内環境と自閉スペクトラム症】マイクロバイオーム研究が明らかにする腸内環境とASDの関係 - Neuro Tokyo
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自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的コミュニケーションの障害や反復的行動を特徴とする神経発達症であり、その発症要因には遺伝的・環境的な複合的影響が関与しているとされています。近年、その環境的要因の一つとして注目されているのが「腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢)」です。腸と脳は密接に連携しており、腸内環境の変化が行動や情動、さらには神経疾患のリスクにも関与するという「腸脳相関」の考え方が広まりつつあります。

本記事では、腸内マイクロバイオームとASDの関係を扱った最新研究を紹介し、その意義と今後の展望について整理します。

腸脳相関(Gut-Brain Axis)とは、腸と脳が神経・免疫・内分泌などの経路を通じて双方向に影響を与えるネットワークのことを指します。腸内に存在する無数の微生物は、短鎖脂肪酸(SCFA)や神経伝達物質(GABA、セロトニンなど)を産生し、中枢神経系に影響を及ぼすことが知られています。

このネットワークは、迷走神経、免疫細胞、内分泌ホルモンなど複数のチャネルを介して脳と腸の間で情報のやり取りを行っており、腸内環境の変化が不安・抑うつ・疼痛感受性などの精神・神経症状に影響を与えることが動物実験やヒト研究で示されています。

ASDとの関連においては、これまで神経伝達物質や炎症性サイトカインの異常が指摘されてきましたが、腸内細菌がこれらの因子に影響を及ぼすことで、ASDの行動表現や神経発達に関与している可能性があります。

ASD児の腸内環境に関する研究は、主に16SリボソームRNA解析を用いた菌叢分析によって行われており、特定の細菌群の異常な優勢や多様性の減少が報告されています。たとえば、Clostridium属やDesulfovibrio属の過剰な増加は、炎症性物質の増産と関連づけられています。

さらに、FirmicutesとBacteroidetesの比率の変化、LactobacillusやBifidobacteriumといった有益菌の減少なども観察されており、これらの変化が神経発達や行動異常にどのように結びついているかが研究されています。

2024年のメタアナリシス研究では、ASD児における腸内細菌構成の変化が、神経炎症、腸透過性亢進(リーキーガット)、免疫応答の変調と関連しているとされ、行動症状との関係性を裏付ける生理学的基盤が浮かび上がっています。

また、便秘や腹部膨満、下痢といった消化器症状の頻度もASD児で高く、これらが不快感を通じて情動調整困難や問題行動を誘発している可能性もあります。

糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)は、近年注目を集めている治療法のひとつで、健常者の腸内細菌をASD当事者に移植することで、腸内環境の正常化と行動症状の改善を図る試みです。

2019年に実施された中規模臨床研究では、FMTを実施した18人のASD児のうち、消化器症状の明確な改善とともに、行動評価スコア(ABC、SRSなど)において有意な改善が報告されました。

2023年に発表されたフォローアップ研究では、その効果が2年後でも維持されていたことが示され、FMTがASDの長期的介入法となる可能性があることが示唆されました。

ただし、FMTの安全性、倫理的問題(例:ドナー選定、感染症リスク)、長期的影響については依然として慎重な検討が必要です。FMTはあくまでも研究段階にある治療法であり、専門医の管理下で行うべきであるという見解が共有されています。

FMTよりも現実的かつ非侵襲的な手法として、プロバイオティクスの活用と食事療法が注目されています。特定のプロバイオティクス菌株には、炎症抑制作用や情動安定化作用があるとされており、Lactobacillus rhamnosus、Bifidobacterium longum、Lactobacillus plantarumなどの菌株がASD児を対象とした研究で検討されています。

また、プレバイオティクス(腸内の有益菌の栄養源となる成分)との併用により、菌叢バランスを整える試みも行われています。実際、ある研究では、プロバイオティクス投与群において睡眠の質や社会的反応性の改善が報告されています。

食事療法としては、グルテン・カゼイン除去食(GFCF食)や地中海式食事法、低FODMAP食などが取り上げられており、ASD症状や消化器症状の緩和に寄与する可能性があります。ただし、これらの方法には科学的根拠が十分ではないものもあり、偏った食事による栄養不足のリスクもあるため、医療専門家の指導のもとで実施することが推奨されます。

腸内マイクロバイオーム研究は、ASDに対する全く新しい支援アプローチとして発展していますが、課題も多く残されています。まず、介入研究の規模が依然として小さく、地域差・人種差を考慮した多様なコホートでの検証が求められます。

また、腸内細菌の変化がASDの原因か結果かを判断するには、縦断研究や因果推論モデルの導入が不可欠です。さらに、FMTやプロバイオティクスを含む介入の標準化と、安全性・倫理性の確保も臨床応用に向けた大きな課題です。

将来的には、腸内環境の状態をバイオマーカーとして活用し、ASDの早期スクリーニングや症状の個別化評価に結びつけることが期待されています。腸内環境という「第二の脳」に対する理解が進めば、神経発達障害の包括的な支援体制構築に資する知見となるでしょう。

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