【最新研究】ASDと社会的報酬:男女で脳の反応が異なる可能性

【最新研究】ASDと社会的報酬:男女で脳の反応が異なる可能性 - Neuro Tokyo

「ほめても反応が薄い」「笑いかけても伝わっていない気がする」。自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもと接するなかで、そんな戸惑いを感じたことのある親御さんや先生は少なくありません。これまでASDは、社会的な刺激──たとえば笑顔や声かけ、スキンシップなど──に対して“脳の反応が乏しい”というイメージで語られてきました。

しかし近年、「ASDでも“社会的ご褒美”に脳がちゃんと反応しているケースがある」、しかも「性別によってその反応のしかたがまったく異なる」という興味深い研究結果が報告されるようになっています。今回は、最新の神経科学研究をもとに、ASDと報酬系(脳の“ご褒美を感じるネットワーク”)の関係を、専門用語の解説を交えながら丁寧に読み解きます。

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人間にとっての「報酬」は、必ずしも金銭や食べ物といった物理的なものに限りません。他者からの笑顔、ほめ言葉、共感的な反応などの社会的な刺激もまた、脳にとっては非常に強力な報酬となりえます。こうした社会的報酬は、ドーパミン系を中心とした報酬ネットワークを活性化させ、快感や動機づけ、学習に強く関与します。具体的には、腹側線条体(ventral striatum)や前頭前皮質(PFC)、扁桃体、海馬といった領域が主に関与することが多く、これらは「社会的な意味づけ」を含んだ報酬処理を担うと考えられています。

健常発達児では、社会的報酬に対してこうした領域が活発に反応することが数多くのfMRI研究で確認されています。例えば、笑顔やアイコンタクトを提示した際に、腹側線条体の活動が増加することが報告されています。これは、他者との良好な関係づくりや、社会的なルールの学習に不可欠な要素といえるでしょう。

ASDは、社会的相互作用の困難さや、限定された興味・活動の反復的傾向を特徴とする神経発達症です。過去30年以上にわたり、ASDの社会的行動特性を説明する理論のひとつとして「社会的モチベーション仮説(Social Motivation Hypothesis)」が提唱されてきました。この仮説は、ASDの人々は本質的に社会的刺激に対する内発的な動機づけ(モチベーション)が低く、それが社会的関係の希薄さや、社会的学習の遅れにつながっているとするものです。

実際に、複数の神経画像研究では、ASD児が他者の笑顔やアイコンタクトといった社会的報酬刺激に対して、腹側線条体や前頭前皮質の活動が通常発達児よりも有意に低いという所見が多数報告されています。これらの結果は、ASDの対人関係の困難さが「興味のなさ」や「報酬として感じられない」という神経的な要因によって生じている可能性を示唆してきました。

ところが、2025年に米・フィラデルフィア小児病院(CHOP)などによって発表された研究が、従来の見解に再考を促す結果を提示しました。この研究では、8〜17歳のASD児と通常発達児を対象に、社会的報酬(他者の笑顔動画)と非社会的報酬(金銭アニメーション)を呈示し、その際の脳活動をfMRIで測定しました。

結果として、ASD女児においては、社会的報酬に対して腹側線条体、側頭頭頂接合部(TPJ)、島皮質(insula)などの領域で有意な活動増加が観察されました。驚くべきことに、その反応の強さは、同年齢の通常発達女児を上回っていたのです。一方で、ASD男児では、社会的報酬に対する脳反応は低く、これまでの研究と同様のパターンが再確認されました。

この結果は、ASDの社会的報酬処理における性差の存在を初めて明確に示すものであり、「ASDは一律に社会的報酬反応が低い」という従来の理解を見直す必要性を浮き彫りにしました。

ASDにおける社会的報酬反応の性差について、いくつかの仮説が提唱されています。第一に、文化的・社会的期待の違いが影響している可能性があります。女児は幼少期から「空気を読む」「他者に共感する」ことを求められる傾向が強く、社会的報酬に対する感受性が意識的・無意識的に高められていると考えられます。

第二に、ASD女児に特有の「社会的カモフラージュ(social camouflage)」行動があります。これは、自分の本来の社会的な困難さを隠すために、相手に合わせたふるまいを意図的に行う戦略です。報酬としての社会的認知(ほめられる、好かれる)を強く求めることで、脳がその刺激により敏感になっている可能性が示唆されています。

さらに第三に、性ホルモン(エストロゲンなど)や脳構造・機能の生物学的違いが、報酬系の発達に影響している可能性も否定できません。これらの要因が相互に作用し、ASD女児特有の“社会的敏感さ”を形づくっていると考えられます。

このような研究成果は、ASDの支援や教育において性差を考慮したアプローチの必要性を強く示しています。たとえば、ASD女児に対しては、言葉によるフィードバックや表情、共感的な態度など、従来通りの社会的報酬がしっかりと効果を発揮する可能性があります。ただし、彼女たちはしばしば「できているように見える」ために、困難さを見過ごされるリスクが高く、より丁寧な観察と配慮が求められます。

一方で、ASD男児においては、抽象的な社会的報酬よりも、明確で具体的な報酬(例:シール、ポイント制度、トークンなど)の方が効果的な場合があります。また、本人が強く関心を持っている対象や活動と関連づけることで、報酬感覚が高まりやすくなるとも言われています。

これらはあくまで傾向であり、すべての子どもに当てはまるわけではありません。最も大切なのは、一人ひとりの反応や特性をよく観察し、柔軟にアプローチを変えていく姿勢です。

今回ご紹介した研究は、ASDの子どもたちが感じている「ご褒美」のかたちが、私たちの想像よりもずっと多様であることを教えてくれます。「笑顔が響かない」と感じても、実は脳内ではしっかりと処理されているかもしれません。反対に、伝わっているように見えても、脳はそれを報酬として受け取っていないこともあるかもしれません。

ASDと一口に言っても、その内面世界や脳の働き方は実にさまざまです。性別、年齢、個々の背景によって“ご褒美”の感じ方が変わるという視点は、これからの支援や研究において大きなヒントとなるでしょう。

ASDのある人が「何に喜びを感じ、何が安心につながるのか」。それを脳科学の視点から少しずつ解明していくことは、支援の質を高め、社会全体の理解を深める大切なステップとなります。

  1. Chop Center for Autism Research (2023) “How the brain’s reward circuit plays a role in autism symptoms” https://www.chop.edu/news/chop-s-center-autism-research-shows-how-brain-s-reward-circuit-plays-key-role-symptoms-autism
  2. Whyte et al. (2016) “Sex differences in reward processing in children with autism spectrum disorder: An fMRI study” https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27864080
  3. Dawson et al. (2005) “Early social attention impairments in ASD and the social motivation hypothesis” https://doi.org/10.1037/0012-1649.41.2.284
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