はじめに
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は現代社会における主要な情報接点であり、日常的に多くの人々が利用しています。しかし、こうしたプラットフォームには、ユーザーの意図とは異なる操作を促す「ダークパターン(deceptive design)」と呼ばれるUI(ユーザーインターフェース)デザインが数多く潜んでいます。たとえば、意図せず有料サービスに加入させたり、過度に個人情報を収集させたりするようなデザインです。
このようなダークパターンはすべてのユーザーにとって有害になり得ますが、特に注意力や衝動制御に特性のある人々──たとえばADHD(注意欠如・多動症)のある人たちにとって、より強い影響を及ぼす可能性が指摘されています。SNSのような刺激の多い環境において、ADHD特性がどのようにダークパターンとの相互作用に影響するのかを明らかにすることは、今後のユーザー中心設計(user-centered design)や情報倫理の観点からも重要な意義を持ちます。
2025年に開催されたCHI(Computer-Human Interaction)カンファレンスでは、このテーマに正面から取り組んだ研究が発表されました。本記事では、その研究内容を丁寧に解説しつつ、ADHDとダークパターンの関係、そして今後の設計や支援への示唆を読み解いていきます。
ダークパターンとは何か──ユーザーの選択を歪める設計
ダークパターンの定義と背景
「ダークパターン」とは、2010年にHarry Brignullによって提唱された概念で、ユーザーの選択を操作することによって、企業やサービス提供者の利益を最大化するUI設計手法のことを指します。近年では「deceptive design(欺瞞的デザイン)」「manipulative design(操作的デザイン)」といった言い換えも使われていますが、いずれもユーザーにとって不利益となる設計意図がある点で共通しています。
たとえば以下のようなものが、ダークパターンの一例として挙げられます:
- 視覚的強調:有料プランへのボタンが目立つ配色になっている
- 選択肢の隠蔽:「戻る」ボタンが極端に目立たない
- 強制的な同意:規約や個人情報提供に明確な説明なくチェックが入っている
- 感情的誘導:「あなたの情報が不足しています」などの心理的圧力
SNSにおけるダークパターンは、ユーザーの“時間”や“注意”を過剰に引きつける設計として現れやすく、ユーザーの意思決定を歪める力を持っています。
SNSに特有のダークパターンの特徴
SNSでは、購買や登録といった単一行動だけでなく、「継続的な滞在」や「より多くのデータ提供」を促すことが設計上の目的となっています。たとえば以下のようなパターンがSNS特有のものとされています:
- オートプレイ:動画が自動で再生され、スクロールを止めづらくする
- ゲーミフィケーション:通知やバッジ、ランキングにより行動を促進
- プライバシーに関する“ズッカリング”:必要以上の情報提供をユーザーに促す
これらは明示的な“購入”を伴わないにも関わらず、注意資源やデータという「見えにくいコスト」をユーザーに強いている点が問題視されています。
ADHDとは何か──実行機能と刺激への感受性
ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)は、神経発達症のひとつで、注意の持続や衝動の制御、過活動といった特性が見られる状態を指します。診断名としては子どもに多い印象があるものの、成人にも持続するケースが多く、近年では成人ADHDへの理解も進んでいます。
ADHDの特性は以下のように整理されることが多いです:
- 注意の分散:複数の刺激が同時に存在する環境で集中を保つことが難しい
- 衝動性:行動の前に熟考するよりも反射的に反応しやすい
- 過活動:身体的・精神的な落ち着きのなさ
こうした特性から、SNSのような刺激の多い環境では、ADHDのある人がより強く影響を受けると考えられています。一方で、創造性や柔軟な発想、ある種の活動への没頭(ハイパーフォーカス)といった特性も見られ、これらがインターフェースへの反応にどのような影響を与えるかも注目されています。
研究の設計──135人を対象としたWebベースの比較実験
研究では、135人の参加者(ADHDあり・なしを自己申告)を対象に、スマートフォン上で操作可能なモックSNSを用いた2×2の比較実験が実施されました。
使用されたモックSNS
Vue.jsで開発されたWebアプリケーション上に、実際のSNSに近い画面・操作体験が再現されています。このアプリには、以下の2種類のタスクが設定されました:
- アカウントの新規作成
- 投稿へのコメント
それぞれのタスクには、ダークパターンが組み込まれたバージョンとそうでないバージョンがあり、参加者は割り当てられた条件に基づいて操作を行います。
測定された指標
- 各操作におけるクリックパスと入力行動のログ
- ダークパターン認識に関するLikert尺度のアンケート(1〜7)
- NASA-TLXによる認知的負荷の自己評価
また、操作後には「その画面に欺瞞的なデザインがあったか?」という問いに対する主観的判断も記録されています。
主な研究結果──認識は困難、しかし回避に差が
ダークパターンの認識:ADHDの有無で有意差なし
まず明らかになったのは、参加者全体としてダークパターンの認識が非常に低かったことです。ADHDのある参加者とそうでない参加者との間に、有意な違いは確認されませんでした。
これは過去の研究とも一致する結果で、ダークパターンがそもそも気づきにくい設計となっている現状を裏付けています。
ダークパターンの回避:文脈依存でADHD参加者が優位な場面も
一方で、特定のダークパターンに対する「回避行動」では違いが見られました。とくに、視覚的に目立つ選択肢や、感情的な誘導を含むUIにおいては、ADHDのある人の方が避ける選択をする傾向が強かったのです。
この結果は、ADHDのある人が普段から自身の衝動性や集中の維持に注意を払っていること、また一部の刺激に対して飽きやすくなることが影響している可能性が考えられます。
インタフェース設計への示唆──ニューロダイバースな視点から
この研究は、全てのユーザーが一律の設計で最適に操作できるわけではないという重要な事実を示唆しています。特にADHDのある人々に対しては、以下のような配慮が必要になると考えられます:
推奨されるUI設計の方向性
- 視覚的・感情的刺激の最小化:色やアニメーション、感情的フィードバックを控える
- 選択肢の明確化:選択肢は均等に表示し、説明も簡潔に
- Undo機能の導入:誤操作をすぐに戻せる設計を
- 説明文やラベルの明示化:何を求められているのかをわかりやすく提示
今後の展望──HCI研究と支援技術の融合へ
研究チームは今回使用したWebアプリケーションをGitHub上で公開しており、今後のHCI研究のプラットフォームとしての活用が期待されています。また、以下のような応用展開も視野に入ります:
- ASD(自閉スペクトラム症)など他の神経多様性との比較研究
- 長期的なSNS使用行動の観察による習慣形成の可視化
- 支援ツールへの応用:リマインダーや注意促進フィルターの導入
まとめ──多様性に配慮した設計の必要性
SNSにおけるダークパターンは、ユーザーの意思決定を歪め、注意資源や個人情報の搾取につながるリスクがあります。本研究は、ADHDのある人がそのような設計に対して一部では優れた回避行動を示す可能性を示唆しつつも、全体的にはより包括的な設計が求められている現実を明らかにしました。
HCIや情報デザインの実務においても、こうした科学的知見を反映した「ニューロダイバース・デザイン」の重要性がますます高まるといえるでしょう。
参考文献
- Mildner, T., Fidel, D., Stefanidi, E., Woźniak, P. W., Malaka, R., & Niess, J. (2025). A Comparative Study of How People With and Without ADHD Recognise and Avoid Dark Patterns on Social Media. CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’25). https://doi.org/10.1145/3706598.3713776