【ASDリスク】鉛・カドミウム曝露と子どものASDリスク:最新研究が示す環境要因の重要性

【ASDリスク】鉛・カドミウム曝露と子どものASDリスク:最新研究が示す環境要因の重要性 - Neuro Tokyo
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発達障害のひとつであるASD(自閉症スペクトラム障害)は、遺伝的要因だけでなく、環境因子との相互作用によって発症リスクが高まると考えられています。特に、環境中の有害物質への曝露は、子どもの神経発達に深刻な影響を及ぼす可能性があるとされており、その中でも重金属の鉛(Pb)やカドミウム(Cd)が注目されています。

近年、インドをはじめとする各国で、鉛・カドミウムの環境中の濃度とASDリスクとの関連を示唆する研究が相次いで報告されています。本記事では、最新の研究成果をもとに、鉛・カドミウム曝露がASDリスクにどのように関与するか、また日常生活の中での曝露経路や公衆衛生対策の課題について、科学的かつわかりやすく解説します。


鉛(Pb)とは

鉛は柔らかく加工しやすい金属で、かつては水道管、ペンキ、ガソリン添加剤などとして広く使用されていました。しかしその毒性が明らかになるにつれ、各国で段階的に使用が禁止または制限されるようになりました。鉛は神経毒性が強く、特に発達中の子どもにおいては中枢神経系への影響が大きく、注意欠如・学習障害・知的機能の低下などとの関連が報告されています。

カドミウム(Cd)とは

カドミウムは、工業製品(ニッケル・カドミウム電池、顔料、メッキなど)に使用される金属であり、タバコの煙にも含まれています。人体への蓄積性が高く、腎障害や骨代謝異常を引き起こすだけでなく、神経毒性や発がん性も懸念されています。慢性的な低用量曝露が問題となるため、環境レベルでの曝露評価が必要とされます。


2025年、インドのAIIMS(All India Institute of Medical Sciences)は、ASDと重金属曝露との関連を調査するため、ASD児500人と定型発達児100人を対象に血液、尿、髪、爪サンプルを採取し、ICP-MSによる分析を実施しました。その結果、ASD群では鉛、カドミウム、ヒ素、クロム、マンガンの濃度が対照群よりも一貫して高く、有意差が認められました。

研究の特徴と意義

多検体分析

急性および慢性曝露の両方を評価するため、血液・尿・毛髪・爪を分析対象としました。

地理的多様性の確保

都市部と農村部の双方から参加者を募ることで、地域間のばらつきや社会経済的影響も考慮されました。

診断精度の担保

DSM-5基準を用い、複数の臨床医による診断を行うことで、信頼性を高めました。


玩具からの曝露:国際的な懸念

インド市場で流通する玩具に関する調査(Toxics Link, 2022)では、PVC製の安価な輸入玩具の多くに鉛とカドミウムが含まれており、一部は米国CPSC基準(鉛600ppm)を大きく上回る値が検出されました。

タバコの煙:家庭内の見えないリスク

家庭内喫煙によって空気中に拡散するカドミウムが、特に乳幼児に深刻な影響を与える可能性があります。胎児期の曝露は発達への長期的影響があるとされ、妊娠中の受動喫煙は特に避けるべきとされています。

食品・水・土壌からの持続的曝露

一部地域では、工業排水や不適切な廃棄物処理によって地下水や作物が汚染されており、それらを通じた継続的な鉛・カドミウム摂取が懸念されています。


シナプス形成への干渉

鉛は神経細胞内のカルシウムの代替として取り込まれ、情報伝達や学習に不可欠なシナプス形成を阻害することで、言語や社会性の発達に影響を与えると考えられています。

酸化ストレスとミトコンドリア障害

カドミウムは細胞内で過剰な活性酸素種(ROS)を生成し、抗酸化酵素系を破壊することで神経細胞のアポトーシスを促進します。これにより脳の発達過程において不可逆的な損傷が生じるリスクがあります。

エピジェネティックな影響

近年の研究では、鉛やカドミウムによるDNAメチル化の異常が、発達に重要な遺伝子の転写を制御し、神経回路の構築や維持に影響を与えることが示唆されています。


インドネシアの研究成果

マカッサル市の小児を対象とした研究では、水銀濃度がASDと有意に関連していた一方で、鉛・カドミウムについても相関傾向が認められ、地域特性や生活様式による曝露パターンの違いが示唆されました。

欧米の研究

アメリカやカナダの研究では、都市部の鉛曝露とASDリスクの相関が指摘されており、住宅の老朽化やインフラ由来の鉛含有塗料・配管がリスク要因とされています。

中国での最新動向

大規模都市の工業汚染と自閉症診断率を結びつけた分析が行われており、環境政策と児童の健康アウトカムの関連が注目されています。


規制の強化と国際的整合性の確保

国際基準(例:EU REACH規制)との整合性を図りながら、日本国内でも独自の安全基準とモニタリング制度を導入することが求められます。

家庭と地域でできる予防策

家庭レベル

  • 室内喫煙の禁止
  • 無鉛製品の選定
  • 使用前に輸入玩具の安全性確認

地域・自治体レベル

  • 土壌・水質の定期的な検査
  • 有害ごみの適正回収

教育・啓発活動の重要性

学校教育や母子保健事業を通じて、重金属曝露のリスクについての情報提供を行うことで、予防行動の定着を図ることができます。


鉛・カドミウム曝露とASDリスクの関連についてはまだ確定的な因果関係が証明されたわけではありませんが、明らかに曝露低減が望ましいとされる科学的根拠は積み重なっています。特に幼少期の環境は、神経発達に大きな影響を及ぼすことから、社会全体で子どもを守る意識と行動が求められています。


  • Upadhyay A. et al., “Autism and toys: AIIMS study finds how hidden heavy metals can be a trigger for your child”, Indian Express, 2025.
  • La-Ane R. et al., “Heavy metals exposure and risk factors for autism spectrum disorder among school children in Makassar City, Indonesia”, Toxicology Reports, 2025.
  • Toxics Link, “Toying with Toxics”, NGO Report, 2022.
  • Kumar A. & Pastore P., “Lead and cadmium in soft plastic toys”, Current Science, 2007.
  • 環境省, 「鉛による健康影響とリスク管理」, 2023.
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