要約

二重共感問題(Double Empathy Problem)は、イギリスの当事者研究者 Damian Milton が2012年に提唱した理論的枠組みです。ASDと定型発達者のコミュニケーション齟齬を「ASD側の共感欠損」とみなす従来の見方を批判し、相互の認知スタイルの差異に由来する双方向的な理解困難 として捉え直す立場を示します。

詳細

20世紀後半のASD研究は、「心の理論(Theory of Mind)」の欠損をASDの中核病理と位置づけてきました(Baron-Cohen et al., 1985)。しかし当事者運動やニューロダイバーシティ思想の広がりを受け、Milton(2012)は「ASD当事者は定型発達者の内面を読み取れないが、定型発達者もまたASD当事者の内面を読み取れない」という双方向性を指摘しました。

実証研究でもこの枠組みは支持されつつあります。Crompton ら(2020)は、ASD者同士/定型者同士/混合ペアで情報伝達課題を行い、ASD者同士の情報伝達効率が定型者同士と同等で、混合ペアでのみ低下する ことを示しました。この結果は、コミュニケーション困難がASD側の一方的欠損ではなく、認知スタイルの違う者同士での相互齟齬であることを示唆します。

二重共感問題は、支援実務にも影響を与えています。「ASDに社会性を教える」SSTに加え、「定型発達側もASDの表出を学ぶ」双方向介入の必要性、マスキング強要の再考、職場のコミュニケーション設計などに応用されています。

参考文献

  • Milton, D. E. M. (2012). On the ontological status of autism: The 'double empathy problem'. Disability & Society, 27(6), 883-887. https://doi.org/10.1080/09687599.2012.710008
  • Crompton, C. J., Ropar, D., Evans-Williams, C. V., Flynn, E. G., & Fletcher-Watson, S. (2020). Autistic peer-to-peer information transfer is highly effective. Autism, 24(7), 1704-1712.

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